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2009年1月

2009年1月30日 (金)

おもしろいこと

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*小学生の体育の授業だと思われるが…。


どこからどうみても「おかしいでしょ」って思うことが時々ある。
これは11月のまだ雪が降り積もる前の出来事。
家のアパートの傍にある公園で見かけた、ある授業風景。
先生の引率のもと、どこからどうみても「やりなげ」をしている。


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*生徒にお手本を見せる先生。


アメリカでは「やりなげ」が必修科目なのか。
オリンピックの「やりなげ」の種目で優勝するのはアメリカ人だったっけ。
それとも、この先生が元「やりなげ」の名手で、
道徳の授業とか、先生が個性を出しやすいような枠で、
独自の授業を展開しているのか。
考えだしたら、もっともっと気になってきた。
女の子なんか、スカートでやったりしている。
そう考えると、今日「やりなげ」をやることになるとは思ってもいなかったのではないか。
考えても答えは出ないので諦めたけれど、気になったので写真を撮った。


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*思いっきり平らな歩道なのだけど…。


ふたつめは、ある雪の日。
おかあさんが子供を「そり」に乗せて、
家のアパートの向かいにある美術館の外周をひっぱってあげている図。
ワンブロック先には上の写真の小学生たちが「やりなげ」をしている公園があって、
「そり」にはうってつけの下り坂がある。
それでも、平らで、しかも歩道で「そり」をひっぱっているおかあさんと、
「そり」に乗ってひっぱられている子供が、
また、なんともかわいい。しかも、外は寒いのに、だ。


ミネソタには、まだまだ私たちが知らない慣習がたくさんある。
ここでしか経験できないことは、どんどんやらなくっちゃ。

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2009年1月29日 (木)

パンケーキ

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*THE Original PANCAKE HOUSE の Edina 店。


“パンケーキ”という響きが嫌いなひとはいないのではないだろうか。
ご多分に漏れず、パンケーキという名前に弱い私は、
まだ車がない頃、雪が降った翌日で足元が悪いこともいとわずに、
遠くまで出かけて行った。しかも一緒に行ったお友達は妊婦さんで、
身重だったにも関わらず、道なき道をひたすら歩いた。
今思うと、本当に危ない。これも、パンケーキの魅力が成せる業なのか。


オレゴン州、ポートランドに本社をもつ、THE Original PANCAKE HOUSE
全米でパンケーキ屋さんを営むビッグチェーン。
ひとたび足を踏み入れると、パンケーキの甘い香りとコーヒーの香しさが相まって、
意思決定を司る脳みそはしっかりとロックされ、もう後戻りはできない。


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*Apple Pancake。パンケーキの上にソテーしたリンゴとシナモンシュガーがキャラメル状に。

上の写真は、目玉の“Apple Pancake”。
とにかくすごい大きさで、すごく甘い。
お友達のを少しいただいたけど、日本人が全部をひとりで食べるのは至難の技。
でも一度行くなら、味見したくはなるのも無理はないほどフォトジェニック。


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*Bacon and Eggs。分厚いベーコンのグリルと目玉焼きが2つ。3枚のバターミルクパンケーキ付き。

こちらは、張り切って朝食を食べずに行った私が頼んだ“Bacon and Eggs”。
まずはシンプルなパンケーキを食べてみたかったのと、
ほんのり甘いパンケーキと塩味の組み合わせが好きだったから。
パンケーキ自体は、ふんわりライトタイプ。あっという間に3枚なんて食べ終わっちゃう。
私が好きなタイプのパンケーキだったが、そのほかにもワッフルやクレープ、
オムレツなど、気になる精鋭たちが勢揃い。
車も手に入ったことだし、何度か通うしかないか…。


あ、車といえば、今日待ちに待ったミネソタ州発行の運転免許証がと手元に届いた。
試験にはおかげさまで1月6日に合格していたのだが、
手元に届くのは40日〜60日後と言われた。
即日発行してもらえる日本の状況と比べると、どれだけ手が込んでいるのかと驚いたけど、
ID社会アメリカで、それさえあれば大抵の状況はクリアできる代物だから、
大層込み入った仕掛けが施されているに違いない。
うーん。ようやく手にしてみると、なんだか感無量。
ここまで喜べるなら、苦労してとった甲斐もあるというもの。
一層、爽やかな春が待ち遠しい。


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*道中のバスの車窓から撮った湖。湖が凍って雪が積もる。冬はスケートリンクになる湖も多い。


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2009年1月23日 (金)

スラムドッグ$ミリオネア

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ゴールデングローブ賞最多4部門受賞。
アカデミー賞9部門10ノミネート、最優秀作品賞最有力候補の呼び声も高い、
スラムドッグ$ミリオネア』を観た。
ボリウッドフィルム(インドの映画製作の中心地ムンバイの旧名「ボンベイ」と
アメリカの映画製作の中心地「ハリウッド」を文字った通称)は、以前からどうも苦手で、
一時日本でも大層流行ったけれど、失礼ながら一度もきちんと観たことがなかった。

しかし、先日行なわれたゴールデングローブ賞で最多4部門受賞という
金字塔を打ち立てた上に、監督は『トレインスポッティング』のダニー・ボイルだし、
チケットも$7だし、何人かの友人たちの勧めもあって、
観てみようかという気になった。

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これが、すごくおもしろかった。
インド・ムンバイにあるスラム街で育った少年、兄サリムと弟ジュマール。
ひょんなことから出会った少女ラティカと共に、
幾多の過酷な運命にさらされながらも、逞しく生き抜いて行く。

インド訛りの英語に慣れた頃にはタイトルの所以がわかり、
いつの間にやら、すっぽりと映画の中に惹き込まれている。
ストーリーもよく構築されているし、
テンポのいいカメラワークとインドならではのカラフルな色づかい。
巧みにアレンジされた軽快な音楽にのって、
過酷なシーンもなぜか愉しそうにみえてくるから不思議だ。
もちろん、ボリウッド映画お決まりの歌とダンスもしっかり用意されている。

日本では4月に公開されるらしいので、ここであまり多くは語らないが、
あの痛快さを存分に味わうためには、ぜひ劇場で観てほしい。
とりわけ、上空から撮られたムンバイのスラム街は、
壮大な迫力を感じさせるのと同時に、ある種の恐怖心をも憶える。

英語版『 Slumdog Millionaire 』のトレーラーもご参考までに。

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2009年1月22日 (木)

ギフト

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*元ジョージ・ブッシュ大統領からバラック・オバマ大統領に切り替わったTVのワンシーン。


先日の第44代アメリカ合衆国大統領、バラック・フセイン・オバマ氏の就任式には
180万人から200万人の聴衆が集まったそうだ。
零下に近い真冬の東海岸の寒さのなか、
世界各国、また各州から集まったひとびとは前日から夜明かしをしていた。
とにかく、ひとつの場所にこれだけたくさんのひとが集まるというパワーは絶大だ。

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*ホワイトハウスからワシントンメモリアルまでの間に200万人。

余談だが、ホワイトハウスからワシントンモニュメントの間には、
長方形の池があると思っていた。
映画「フォレストガンプ」で主演のトム・ハンクスが演説をしたあのシーンにあった池。
でも就任式を観ていたら、ひとでびっしりと埋め尽くされていたので、
あれ?と思ったら、池は西に90℃回転したところにある、
リンカーンメモリアルとワシントンモニュメントの間だった。

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*就任式を座って観覧できるチケットを持った人々、2万8千人。

しかしこの集衆力、どれだけ強い国民の関心ごとなのかがわかる。
テレビの前でぬくぬくと拝見していた私も、
テレビから伝わってくる熱気に圧倒され、
オバマ大統領が誕生した瞬間には、思わず涙腺が緩んだ。

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日本でも取り沙汰されている様子の、
最高裁判所長官のジョン・ロバーツ氏に導かれて執り行われた「就任宣誓」。
翌日、再び、誓いの儀式をホワイトハウスでやり直したと言う、それだ。
一見、オバマ大統領がコトバに詰まったかのように見受けられ、
百戦錬磨のオバマ大統領も、今回ばかりは緊張したのかと思った。
だが、次の就任演説では朗々と自分の言葉で説得力のある演説を繰り広げ、
その堂々とした立ち居振る舞いと言葉の力強さは圧巻だった。


その夜、宣誓のシーンが流れ、実はロバーツ最高裁長官が、
憲法にある語句を間違え、オバマ大統領は次の言葉が何かを知っていて、
それと違ったので、一旦ストップしたのだと知った。
普段は決して間違えることのないロバーツ最高裁長官が間違えたとあって周囲も驚き、
しかし法的には問題がないと、その宣誓は有効になったのだが、
万全を期して、今一度行なったのだと言う。
確かに、最初の最初だし、気持ちよくスタートしたいという気持ちも理解できる。
メディアは、もう一度やる必要があったのかとさかんに議論していたが、
そんなことより、私が心を動かされたのは、就任宣誓でのオバマ大統領の対応だ。
ロバーツ最高裁長官の言葉を正して進めることもできたと思うのだが、
聴衆はその二人の言葉が異なることに気づいただろうし、
正して進めれば、ロバーツ最高裁長官かあるいはオバマ大統領が間違えたと思うだろう。
一呼吸置くことで、ロバーツ最高裁長官が言い直す時間をつくり、
そこに言葉を合わせる、なんというスマートさなんだろうと感じた。
何より一国を担う大統領に就任するための「宣誓」という神聖な儀式で、
言葉が違うままやりすごすことができなかった、オバマ大統領の誠実な人間性を尊敬した。

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翌日の記者会見。宣誓をバイデン副大統領が読み上げるシーンで、
「ロバーツ最高裁長官ほど、私は記憶力が良くないんだが…」と、
20日の宣誓式で最高裁長官が読み間違えた場面をジョークにして切り出したことを、
オバマ大統領が真剣な表情で静かに腕を掴んで諌めていた。


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この日のオバマ大統領とファーストレディのミシェルさんは、
早朝から深夜までものすごい過密スケジュールをこなしていた。
午前9時頃、教会にお祈りに現れてから、
常にたくさんのひとに囲まれ、テレビカメラに追われる一日だ。
就任式での宣誓、就任演説のあとは、昼食会、また演説。
そのあとはワシントン市内をパレード、途中、防弾が完璧な車から降りたち、
歩いて手を振りながら歩き、その後、ホワイトハウスに初登府。
午後から夕方までは、大統領の母校でもあるハワイ・ホノルルにある有名私立校、
プナホウスクールのマーチングバンドを始め、国内外問わず、
たくさんのゲストパフォーマーが繰り広げるパレードを観賞。
夜には、来場者がカテゴライズされた10の宴会場を、
ミシェルさんと共に廻り、ここでも器用に異なる演説をし、
ミシェルさんとのチークダンスを披露していた。
最後の会場を後にしたのは、確か午前0時をまわっていた。


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*パレード中、車を出て路肩に集まった国民に手を振るオバマ大統領とミシェルさん。


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一国のリーダーともなるひとには、やはりそれ相当の人間力と品格が必要だ。
オバマ大統領の政治経験の浅さと政策力不足を指摘されることが多いけれど、
オバマ大統領自身の経験が少ないとしても、その周りに経験豊富な人材を置き、
その人間性をもって、周囲から強く信頼される力があればいい。
いくら政治手腕に長けていたとしても、人間性に欠けていたら誰もついてこない。


その後の祝賀会の各会場で、オバマ大統領が何度か口にした言葉。
「いまこそ、アメリカが変わる時です。みなさんひとりひとりがアメリカを変えるのです。」
最大の経済危機を迎えたアメリカを、彼ひとりで変えられるわけもなく、
また国民が彼だけに期待を寄せるのも違う。
何より、国民ひとりひとりが同じ気持ちをもつことが大切なのだ。
もしひとりひとりが本気で国をよくしようと思ったら、
それも可能なのかもしれないと、国民を奮い立たせるエネルギーが、
オバマ大統領にはある。


立ち居振る舞いといい、妻のミシェルさんや娘たち、家族を愛する姿勢、
そして何よりも、厳しい情勢を共に立ち向かおうと国民に訴えかけるその説得力とパワー。
険しい道だけど、一緒にがんばりたいと国民に思わせる若干47歳のオバマ大統領。
リンカーンやケネディ元大統領らと並んで、44人いる歴代大統領のなかでも、
鮮明に記憶に残るひととなった。
こんなにも数奇な人生を歩むことになると想像していただろうか。
一国をリードしていく大統領として、とても重要な「伝える」ひとであること。
その強力な武器となる「伝える力」は、オバマ大統領には与えられた、
最大のギフトであり魅力なのだ。
そんなオバマ大統領のこの4年間の任期に注目したい。

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2009年1月19日 (月)

サンフランシスコ

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*雨あがりのNapa Valley。


遅ればせながら、昨年クリスマス前に、
突如思い立って出かけたサンフランシスコでの休暇。
暖かく包み込むような太陽を期待して、大雪のミネアポリスから旅発った。
あまりに暖かかったら脱ぎ着して調節できるようにと、
レイヤーをいくつか持って行ったが、すべて無用。
毎日セーターやフリース、コートに手袋と、着込まずにはいられないほど寒かった。
寒さなら、ミネソタで慣れているからお手のものと思いきや、
その土地に行けばその土地なりに、きっちりと寒い。どうやら慣れるとかではないらしい。


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*サンフランシスコを象徴するもののひとつ、急勾配の坂からベイエリアを眺める。

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*急勾配の坂を上り下り。サンフランシスコでは、ケーブルカーが自動車よりも優先。


本当はアリゾナのグランドキャニオンとセドナに行くつもりだった。
でも、アリゾナに住んでいた友人が、
「グランドキャニオンは山にあるから、冬に行くと雪が降れば閉鎖されたり、
 雪で全面真っ白になって境目がわからないよ。」
とアドバイスをくれたので、急遽西海岸にした。
確かにグランドキャニオンに行って、渓谷がどこだかわからなかったら意味がない。
サンフランシスコには、15年前に8時間あったトランジットの間に
街をほんの一瞬散策しただけだったから、ちゃんと訪ねてみたかった場所。
山と海に囲まれた起伏のある地形は、やはり落ち着く。


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*「ゴールデンゲートブリッジ」。歩行も自転車通行も可能。瀬戸大橋とは姉妹橋。

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*丘が二つ並んでいるから「ツインピークス」。サンフランシスコの街と海が一望できる。


まず初日は、方向感覚を掴むために、サンフランシスコの街を一周してみることに。
古い路面電車は"F-Line"と呼ばれ、ユニオンスクエアからフィッシャーマンズワーフまで
行けるケーブルカーと共に、広範囲の移動にも便利。
120年ほどの歴史ある路面電車だと聞いたけど、
今でも元気に車と一緒に道路を走り抜ける。

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*クリスマス前だったので、運転手さんもサンタの帽子。

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*路面電車の車内。


夜はチャイナタウンで夕食。
サンフランシスコのチャイナタウンは最大級。
チャイナタウン以外にもチャイニーズのショップやレストランが増えていて、
ここまで行くと、もう中国にいるんじゃないかという錯覚に陥る。

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*チャイナタウンの一角。いい雰囲気の路地。

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*上下逆のテーブル番号「8」。これもげん担ぎなのか。SFのチャイナタウンで100年続く食堂。


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2日目は少し郊外に足を延ばして、
ずっと行ってみたかったカリフォルニアのワイナリーを訪ねた。
晴れたり、曇ったり、にわか雨が降ったりと忙しい天気だったけど、
見晴らしのいい郊外で、いろいろな表情が見られてよかった。

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*車内から撮ったので映り込みがあるけど「ベイブリッジ」。

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*ベイブリッジを渡りながら、隙間に見えた海に映る朝日。

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*新しく増える、建設中の橋。


Napa Valley で一軒、Sonoma で2軒のワイナリーを訪ねた。
Napa で訪ねたのは、100年前にイタリアから移住した家族経営のワイナリー。
数あるオーガニックワインメーカーの中でも珍しい、
USDA(アメリカ農務省)公認のオーガニックワインを作っている MADONNA ESTATE
USDA の基準が厳しいので、万が一申請を出して通らなかったら、
オーガニックワインとうたえなくなることから、
正式に USDA の許可を取っているワイナリーは少ないのだとか。
「このワイナリーでは、農薬を使わないことはもちろん、人為的に陽の光や水分を与えません。
 よって、葡萄自身が太陽や雨から必要な養分を摂取しなくてはならないので、
 甘やかされて育てられた葡萄よりずっと丈夫だし、旨味もぐっと凝縮されています。」
という説明を聞いて、心底納得。思わず首を思い切り上下に振ってうなずいた。 
しかも、ワインづくりにはお金がかかる。最低限の設備投資は免れないし、
人件費のほか、天候に左右されるという難しい条件を100年もの間続けることは容易ではない。

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*MADONNA ESTATE のフレンチオークの樽。ひと樽、$1,250ほどするらしい…。

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*Cabernet SauvignonとRiesling(加糖度が通常の半分で6%のもの)を買った。

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*ワインの天辺。4世代に渡ってワインづくりに携わる Bartolucci 家の証。

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*Sonoma の2軒目のワイナリーからみた葡萄畑。

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*Sonoma のダウンタウンにあるイタリア料理屋で食べたパスタ。

ファミリーワイナリーから2軒目の中規模のワイナリーを経て、
製造過程の電力をソーラーパワーで賄っているという広大な敷地をもつ、CLINE に到着。
テイスティングの仕方も豪快で、飲んでみたい銘柄を好きなだけ飲める。
CLINE の Zinfandel は割と好きでよく飲んでいたのだけど、
CLINE が3軒目だったというのと、湯水のように次から次へと注がれ、
何が何だかわからなくなり、少しありがたみが薄れてしまったのが残念。
出し惜しみされるくらいがちょうどいいのかも。人間の気持ちって難しい。

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*CLINE の敷地内を案内してくれた赤い帽子とセーターがかわいいおじさま。

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*CLINE の樽。MADONNA のそれとは、樽自体の大きさも貯蔵庫の広さも違う。

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*雨あがりの葡萄畑にかかる虹。

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*ゴールデンゲートブリッジを渡った帰路で見た夕陽。


夜は、夫と同じく文化庁の新進芸術家海外留学制度で舞台監督として、
バークレーで研修中のすずきださんを訪ねた。
バークレーには行ってみたいレストランやショップがあったので、
明るいうちに行けたらよかったのだが、あいにく夜になってしまった。
ほとんど街を見ることはできなかったが、渡米して3か月ほど経ち、
お互いの近況報告や感じたことなどを、ビール片手に熱く語り合った。
研修先が同じ地方都市のせいか、すずきださんも私たちも、
より地域に密着した暮らしぶりや文化に触れることができ、
感じることも多々あるし、それらを日本にどう還元出来るかなどを話していたら、
あっという間に時が経ってしまった。
こうしてアメリカに住む機会をいただけたことを、お互いに心から感謝した。

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*サンフランシスコとオークランドやバークレーを繋ぐ電車「BART」。

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*中央が、バークレーのBerkeley Repartory Theatre で研修中のすずきださん。


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3日目はサンフランシスコ観光で一番の人気だという、
アルカトラズ島に、ご多分に漏れず行ってみた。
夏にはひと月前に予約をしてもとれないそうだが、前日の予約でもとれたので、
これもご縁と思い行ってみることに。

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*アルカトラズ島行きのフェリーからサンフランシスコを振り返る。

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*フェリーを追いかけてくるカモメ。

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*風にたなびくアメリカ合衆国の国旗。

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*アルカトラズ島の船着き場から望む。

牢獄モノの映画は結構観ているので、
歴史に名だたるアルカトラズ島が近づいてくると、少しドキドキした。
現在アルカトラズ島は、アメリカの国立公園に指定されていて、
珍しい植物や鳥などが、アメリカ内務省内国立公園局の管轄により、
ボランティアたちの手で守られている。
囚人の中でも悪名高い囚人だけが集められたという牢獄だったことはよく知られるが、
牢獄としての役目を終え、1963年に閉鎖された後、
1969年からネイティブアメリカンの全部族が自由を主張し、
19か月に渡る占拠の時代があったことは、あまり知られていないのではないだろうか。

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*ネイティブアメリカンによるメッセージが刻まれた、アルカトラズ島入口。

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*海風にさらされて錆びて苔むして、いい風合いが出ている壁。

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*見えにくいけど「FREEDOM」と書かれた、給水塔。

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*牢獄になる前の1854年、ゴールドラッシュで船の出入りが増えた時代から海を見守る灯台。

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*灯台のふもとから眺めるサンフランシスコ市街。

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*急勾配の坂がよく見える。これだけ急な傾斜にこれだけの都会ができたことが不思議だ。


矢のごとく駆け抜けた3日間だったが、とても充実していた。
雰囲気のあるショップや本屋さんにも巡り会えたが、
もう少し時間があったら、ゆっくり見て回りたかったかな。
ミネアポリスに帰って来たら、早速、雪の洗礼を受ける。
気温が低すぎて、地上に降りて来ても雪が結晶のまま見られるのも、
ミネソタの素晴らしい経験のひとつ。

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*手袋のうえの雪の結晶たち。


サンフランシスコは意外にも観光地だった。
金融に続いて観光市場もまた、街を支える重要な産業のようだ。
刺激がたくさん詰まった都会もいいけれど、
もしも研修先がサンフランシスコやニューヨークのような都会だったら、
1年という短い時間は、旅行に来ているような感覚のまま終わっていたかもしれない。
そう思うと、どっしりとその土地に根を張り、
地域に根ざして生活できる、ミネアポリスでよかったと、改めて思えた旅だった。

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2009年1月16日 (金)

子供のための病院

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今年は厳しい寒波で、5年ぶりの寒さだそう。
ここ3日間は-30℃近い寒さ。外の門扉に素手で手を触れると、
手にある水分が瞬時に凍り付き、取っ手と手がくっついてしまう。
そんな寒さのおかげで、自宅のインターネット環境が一日に数回ダウンする。
ケーブルテレビ会社から、テレビとインターネットを引いているが、
寒い日には突然ネットがダウンして、テレビは砂嵐に…。
修理にきてもらった技術者の人に聞くと、
「人間もあまりに寒いと調子を崩すでしょ。
 それと同じで、ケーブルも寒すぎると耐えられないんだよね。」
日本では許されない言い訳だ。夫は何のためにお金を払っているのかわからないと憤慨する。
繋がらない間は、他のことをしなさいってことね、と前向きに考えることにしている。
そんなわけで、なかなか思うようにblogもメイルもできないため、
電波のゴキゲンがいいときを見計らって、チャチャっと作業。


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今日は少し前の話に遡るけど…、去年の年末のこと。
日本にいる私の友人が、
夫の研修先である THE CHILDREN'S THEATRE COMPANY の働きに感銘を受け、
「病気などでそういう劇場に足を運べない子供たちのためにも何かしてあげてほしい」と、
秋頃に寄附金を預かっていた。
アメリカにはそういった素晴らしい教育施設があって、
親子や祖父母に連れられて劇場にお芝居を観に来れる恵まれた子供もいるし、
そうではない子供もまた多く、違う環境の子供たちも体験として見て来てほしいと、
期間限定で滞在している私たちへの、彼女からの計らいだった。
方法は私たちに一任するとのことだったので、夫と相談して、
ミネソタにある小児医療を専門としている病院に入院していて、
クリスマスに家に帰れないという子供たちにプレゼントを届けようということにした。


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*Children's Hospitals and Clinics of Minnesota のミネアポリスにある小児病院。


そこは、Children's Hospitals and Clinics of Minnesota といって、
その系列の病院だけで5つほどあったのだが、寄附を受け付けているのは、
入院設備のあるミネアポリスとセントポールだけだったので、
その2つの病院に届けることにした。
病院のサイトにあるGive Today ! を見てみると、オンラインでお金を寄附することもできるし、
子供たちの欲しいものがアマゾンのオンライン上に Wish List になっていて、
簡単にオンライン決済ができるうえに、病院まで届けてくれるシステムもあって、驚くばかり。
これなら、思い立ったらすぐに寄附を試みることも可能だ。
ただ、そもそもの友人の意志を汲むには、私たちが直接病院まで足を運び、
その施設や環境を体感してくることだったから、
今回はクリスマスプレゼントを自分たちで選ぶことにした。


ちょうど同じ頃、こちらの知人から Manhattan Toy というおもちゃメーカーの
サンプルセールのお知らせをいただき、
そこでは$50で$300分くらいのお買い物をしたと聞いたので、
できるだけ多くの子供たちの手元に届くには、これも絶好の機会と思い、
早速出かけてみた。
そのおもちゃセール、あっという間に売り切れることで有名で、
朝からバスを乗り継いで行ってみたけど、平日にも関わらずお客さんが後を絶たない。
入口で大きな黒いビニール袋を渡されて、どんどん目についたものを入れていく。
気がついたら、サンタクロースの袋みたいに大きくなってしまい、
バスで持ち帰るには、厳しいほどの量になっていたが、
店員さんには紙袋だと切れるからと言われ、黒いビニール袋のまま持ち帰るハメに。
多少引きずりながらも、休み休み運んで何とかバス停まで辿り着き、
「クリスマスプレゼントの買い物?!随分買ったねー!」と、
みんなからジーッと見られても愛想笑いをし、無事に家に到着。
これが、そのおもちゃたちの一部。実際にはこの2倍用意した。

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ミネアポリスの病院には12月20日(土)に、
セントポールには24日(水)に届けに行き、2日とも雪の降る寒い日だった。

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まだ車が手に入る前だったので、雪だしバスだと大変だからと、
こちらのお友達でとてもお世話になっているゆりかさんが乗せて行ってくれた。
ゆりかさんはアメリカで暮らす外国人のために、
ESL(英語を第二外国語とする人のための英語教育)などを中心に、
アメリカでの生活に馴染むための手助けをするお仕事をしている。

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*左奥は、ゆりかさん。


子供病院ということで、病院内に入るセキュリティーも厳重で、
写真入りのIDの提示と、住所などを登録し、
写真撮影をした顔と名前を出力したシールを胸に貼って、ようやく中に入れる。

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中に入ってみると、ここは病院?と思うほどカラフルで、
窓は四角ではなく丸く切りとられていたり、院内サインにも動物等が使われていたり、
おもちゃが買えるショップも入っているほか、
外来患者やお見舞いに来た子供たちのためのプレイルームもある。

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*エレベーター脇にある院内サインボードにもおさるさんがいるだけで和む。

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*院内の様子。

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*購入可能なおもちゃが並ぶショーケース。

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*お見舞いに来た子供用のプレイルームにある子供の城。

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*セントポールの小児病院の玄関ロビー。

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*星がたくさん散りばめられたガラスの天井。

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*寄附の受付を行なうウェルカムセンターの女性と一緒に。


残念ながらプライバシーの問題もあり、病棟に入ることはできなかったのだが、
治療以外の子供のケアを担当し、チャイルドライフという部署で働く方のお話を聞くことができた。
全館で約180床くらいのベッドがあり、相部屋でも多くて2人まで。
医師、看護士のほかに、ボランティアスタッフも充実していて、
ゆとりある医療体制が整っているようだった。
各フロアにはプレイルームもあるほか、ベッドから動けない子供のために、
定期的におもちゃや本を配るワゴンが回遊するそうだ。
入院している子供たちの主な病状は、喘息や肺炎などのほか、
小児ガンを患う子供もいるし、未熟児で生まれた乳児のインテンシブケアでも有名だそうだ。
ベッドは常にフル稼働で、余っていることはほとんどないようだが、
入院するのに長い間待つということはなさそうだった。
日本では小児科医不足が深刻化しているが、少子化を払拭するためにも、
子供を育てやすい環境を整えたいものだ。
ここなら入院生活もたのしい!と子供たちが思えて、
医療関係者やボランティアスタッフが、こんなところで働いてみたいと思えるような病院。
暗くて緊張する場所ではなく、明るくて愉しい場所であるべきなのかも。


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*寄附を受け付けるウェルカムセンターの様子。


クリスマス前ということで、寄附の受付カウンターには、
私たちの他にもたくさんのひとから寄附されたおもちゃで溢れていた。
私たちのプレゼントも含めて、たくさん集まった贈り物たちを梱包して、
クリスマスイブの夜に枕元にそっと置いたそうだ。


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*お話を聞いたウェンディさんが後日送ってくれた梱包の様子をおさめた写真。


さすがはアメリカ。とくに裕福なわけでもなく、毎日忙しく仕事をして、
一日を過ごすことで精一杯だった、私たちの東京の生活ではおそらく発想することのなかった
「寄附をする」ということ。
ある種、特別なことのように思っていた行為だったし、
日本ではここまで寄附のためのシステムが整っていないにせよ、
病院でも、その他の施設でも、寄附を断るところはないだろうし、
それぞれに身の丈にあったやり方で、できることをすればいいのだと、
友人のおかげで知ることができた。
のび、どうもありがとう。


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2009年1月 7日 (水)

ベイビーシャワー

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アメリカで行なわれる習慣のひとつに、Baby Shower(ベイビーシャワー)というものがある。
ベイビーシャワーの歴史をひも解くと、1800年代後半にまで遡る。
家族や親戚が、もうすぐ母になる女性を祝い、
“たくさんの喜びとギフトのシャワーが降り注ぐ”という意味合いがあるらしい。
伝統的には、みんなが出席しやすい週末の午後にティーパーティ形式で行なわれ、
ホストがお家を提供するだけでなく、お茶やフィンガーフード、デザートや
お土産などもすべて用意する。もちろん祝われる主役の女性もゲストの扱い。
近年では、ごくごく近しい友人たちや会社の同僚などを招くケースも増え、
家で祝う代わりに、カフェやレストランなどで行なわれる場合も多いようだ。


私の世代が子供を授かる時期ということもあってか、
私がミネアポリスに住んでいるこの4か月の間に、
ふたりの友人のベイビーシャワーにお招き頂く機会があった。
ひとりめは、こちらに来て私がとてもお世話になっている、ちかさん。
日本ではテレビや商業演劇などを中心に活躍されていた女優さんで、
昨年の12月16日に元気な男の子を出産された。


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*結婚を機にミネソタに移住された、ちかさん。


ちかさんのベイビーシャワーは、Patrick's Bakery & Cafe at Bachman's というカフェで行なわれた。
主役のちかさんの周りには、駆けつけた友人からのプレゼントで埋め尽くされていた。
冒頭の写真は、ヨガのインストラクターを務めるちかさんの生徒さんで、
日本からいらした、かなこさんの手づくりの切り絵カード。
あまりに繊細で美しい手仕事に、一同で感嘆した。


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会場のカフェは、フランス人オーナーが展開している3店舗のうちのひとつで、
お花屋さんと隣り合わせの店内は温室になっている。
植物に囲まれたガーデンパーティのような雰囲気の中で食事やお茶が愉しめる。


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*Southdale にある Patrick's Bekery & Cafe の外観。


2〜3ブロック離れたところにある Southdale Shopping Center には、
ベイカリー&カフェがあり、サイズはアメリカンサイズだが、
味は日本で食べられる繊細なケーキにとても近いと、
日本人コミュニティーの中では絶大な支持がある。
レイクサイドにはビストロもあり、暖かくなったらぜひ行ってみたいお店のひとつだ。


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*同店内のショーケースに並ぶケーキたち。テイクアウトもできる。


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*今月臨月を迎えた、むつみさん。


おふたりめは私と同じミネソタ初めての冬を体験中の、むつみさん。
結婚を機に、去年の4月に移住してきて、ご主人はミネソタのひとだが、
本当に優しくて、気のきくジェントルな男性。
新年早々の1月3日にホストを務めてくださった、きょうこさんがご自宅を提供してくださった。
きょうこさんというのは、こちらでたくさんのお友達ができるきっかけをくださった女性で、
私が東京でフラを習っていた頃の友人が、
ミネソタに行くなら大学の先輩だったご夫妻がいるから連絡してみてと、紹介してくれた方。
偶然にもミネソタに住むための情報収集のために参考にさせていただいていたblogの筆者は、
きょうこさんのご主人だったというご縁もあり、世の中はつながっていると痛感する。


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*きょうこさん手づくりのスコーン。


話はそれたが、きょうこさんは実にスマートな方で、
私の経験のためにと、むつみさんのベイビーシャワーの打ち合わせから同席させてくれたうえに、
当日のお手伝いをさせていただくことで、企画から全体の流れを教えてくださった。
きょうこさんとむつみさんのおかげで、ベイビーシャワーが企画され、
当日を迎えるまでの過程に触れる機会をいただき、とてもいい体験をさせてもらった。
むつみさんは、来月2月に男の子を出産予定。
生まれてくる赤ちゃんにお目にかかるのが愉しみだ。


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*フルーツの盛り合わせ。


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*3種類のサンドウィッチ。中でもターキーとルッコラのサンドウィッチは絶妙な味わいだった。


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ところで、このベイビーシャワーには、さすがは合理主義のアメリカと
感じ入る発見があったのでご紹介。
初めてちかさんのベイビーシャワーにお招き頂き、
「ギフトはどうしますか?」ときょうこさんに聞かれた時は、
自分で選んでプレゼントを用意するのかなと思っていたが、
どうやら暗黙の了解で、然るべきステップがあることを教わった。


このステップとは、主役の女性が欲しいものを、
ご本人に直接聞かなくても済むシステムで“レジストリ”という。
例えば、ホストからベイビーシャワーをしてくれるという連絡を受けた主役の女性は、
予め、アマゾンやべビザラスなどのベイビーグッズを売っているショップにレジストリを作る。
レジストリとは、オンラインでも店舗でも作れる、ウィッシュリストのようなもの。
ベイビーシャワーに招待された人たちは、オンラインや店舗で主役の名前のレジストリを見つけ、
オンラインなら、買いたいものを決めて、そのままチェックアウト。
購入されたアイテムはその瞬間に購入済みの印がつく。
店舗では、レジストリのリストを印刷できて、各アイテムの陳列場所まで分かるという仕組み。
店舗で買う場合は、主役の人のレジストリのアイテムとして買っていることを店員さんに伝え、
買われたアイテムとしてカウントされる。
もちろん、オンラインと店舗の情報は、統合されているので、
ダブって買われることもなく、かつ主役の人が欲しいものが手に入るという仕組みだ。
確かに「何が欲しい?」と言われても、日本人の気質としてはなかなか言えないもの。
でも、オンラインショッピングをしているような気持ちで、
欲しいものが選べるうえに、プレゼントしてもらえるならとてもいいシステムだと思った。
特に赤ちゃんのものは、短い期間しか使わないものも多いし、
赤ちゃん準備金が節約できるうえ、招待客も少しでも役に立てるなら嬉しいというもの。


ちなみにゲストの招待には、"Evite"と呼ばれる招待状サイトを使うのが主流。
ベイビーシャワーだけでなく、誕生日会、送別会、引越し祝いなど、
様々な用途のパーティにゲストを招きたい時に、気軽にオンラインで作れる上に、
郵送代もかからない。特筆すべきは、出欠席の管理ができること。
参加者の返信状況や、出欠確認がオンタイムでできる。
ホームパーティが多いアメリカでは大変に重宝されるわけだ。
一例として、ベイビーシャワーの招待状サンプルを作ってみた。
□Yes □Maybe □No と、チェック欄があり、
誰が来て、誰が来れないのかが、一目瞭然でわかる。


日本に帰ったら、こんなシステムが利用できる仕組みを考えてみようかな、なんて思ったり。
より詳細なベイビーシャワーのしきたりについては、BABY SHOWER 101によくまとまっているので、ご参考までに。

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2009年1月 1日 (木)

2008→2009

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*結露した窓が陽に透けて美しい。まさに自然がつくり出す紋様。


2009年 あけましておめでとうございます。

日本とは15時間遅れで新年を迎えた。
イエス=キリストの誕生を祝い、家族で過ごすクリスマスとは違い、
アメリカのニューイヤーズデイは純粋なお祭りごとなので、
仲間がたくさん集まってパーティなどをして、賑やかに過ごすひとが多い。
ありがたいことに私たちもお誘いをいただいたけれど、
大晦日とお正月は何となく静かに過ごしたいと思い、
除夜の鐘こそ聴こえないけれど、大晦日には年越し蕎麦を、
元旦の朝にはお雑煮を作って食べた。


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今年は丑年か。白と黒の融合。
関係ないけど、牛の白い部分と黒い部分の割合って、どっちが広いんだろ。
牛によるのかな。


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この写真は今月始めのある朝のもの。
元旦といえば初日の出、と思って引っ張りだした一枚。
外気温と室内の温度差が激しいので、我が家の窓はよく凍りついて開かなくなったりする。
その結露した水分が凍って、自然にできた紋様。
不思議と、富士山みたいに見える。その隙間から射す光がキレイでしばしみとれた。


2009年が、創造的で実りある一年になりますように。


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